紀州徳川家伝来楽器コレクション2012年09月04日 16:34

国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)
2012年9月1日、国立歴史民俗博物館企画展「紀州徳川家伝来楽器コレクション」(会期は9/2まで)を拝見した。

紀伊和歌山藩十代藩主徳川治宝(はるとみ、1770-1852)が収集した膨大な雅楽器と楽譜類のコレクション。

紀伊和歌山は能楽の盛んな藩として有名なので、能楽師としては能楽関係資料も含まれることを期待してしまうが、当該コレクション中の龍笛27点の中に、二点以上の能管が含まれていることが1992年の時点で明らかになっていた(『歴博フォーラム・日本楽器の源流ーフエ・コト・ツヅミ・銅鐸ー』1995年、国立歴史民俗博物館発行)。

1992年11月の歴博フォーラムでは小島美子氏(国立歴史民俗博物館名誉教授)を中心に龍笛の改造・修理と能管の喉の発生の関係が論じられた。
この頃歴博が行った透過X線検査により、龍笛の修理跡と能管の喉の構造がよく似ていることがわかり、龍笛の修理によって、喉の音響的効果が偶然に発見され、その後意図的に能管が製作されるようになった、というのが小島氏の推論の流れだ。断定こそ避けているものの、従来からの龍笛改造説を裏付ける資料であると結んでいる(前掲書121頁)。
 
2006~2008年に行われた基盤研究「紀州徳川家伝来楽器コレクションの研究」では東京国立文化財研究所の高桑いづみ氏が中心となり、1992年の調査結果を補い、修正する意見がまとめられている(前出、研究報告第166集)。この基盤研究では再度、透過X線検査が行われた。笛制作家である田中備長・彩子夫妻も調査に加わり、前回よりも詳細かつ予断を排した検討が行われた。他所の所蔵品(龍笛・能管)の計測結果も対照して、歌口から各指孔までの距離を一覧表に示し、「龍笛を短くすれば能管になる、龍笛に喉を挿入すれば能管になるわけではない」としている。これは実演の立場からも実感することで、喉だけが能管を能管たらしめているわけではないと常々思っていたことと合致する。写真を比較するだけでも容易に気付くことだが、龍笛の指孔にたいして能管のそれは小さい。小さかった孔を削って大きくすることは容易だが、逆はまず不可能に近い。したがって、現在の姿の龍笛を改造して能管を作ることはまずないと言ってよい。
しかし、ここで考えなければならないのは、龍笛も長い時間のなかで変化しているかもしれないということである。現存する龍笛の祖としての原・龍笛が能管の祖でもあった可能性は、ある。

荻美津夫氏が1992年の歴博フォーラムで「九世紀くらいから十世紀にかけて雅楽のフエが改造を加えられた可能性」に言及しているし、高桑氏も、能管「男女川」の由来書に関して「能管に近い『楽笛』がはたして存在するのかどうか、そのあたりから検討する必要がありそうだ」として、龍笛とは異なる種類の笛を改造して能管「男女川」が作られた可能性を残している。

ところで、この貴重なコレクションが1953年頃から1972年頃まで、島根県にあったことがわかった。
同企画展展示パネルの説明による経緯は以下の通り。

1953年、田部長右衛門氏(田部家23代当主・島根新聞社主・後に島根県知事)が徳川頼貞氏(紀州徳川家十世当主)より購入。
1972年、文化庁が買取り、国立博物館へ。現在は国立歴史民俗博物館の所蔵品。

インターネットで検索してみると島根県での展示も行われたことがわかる。
「名宝雅楽器展:元紀州徳川家コレクション 」
会期:1960年6月3日-6月12日、会場:島根県立博物館
(国立新美術館検索サイト「日本の美術展覧会記録1945-2005 」の検索結果による
http://db.nact.jp/exhibitions1945-2005/exhibitions.php?area=島根県)

目録(島根県博物館建設促進委員会『元紀州徳川家所蔵雅楽器目録』昭和31年刊行)も作られており、旧蔵由来など、現在はその情報源を特定できない内容の記述を含んでいるらしい。

“国の管轄になる以前にコレクションが少しずつ散逸し(中略)、紀州コレクション自体がいつの頃か混乱し、楽器や文書が本来とは異なる形で収められた可能性がある”(国立歴史民俗博物館研究報告第166集『紀州徳川家伝来楽器コレクションの研究』所収、高桑いづみ氏「紀州徳川家伝来の龍笛・能管について」より)。
島根県の目録作成段階でわかっていた情報が、国の所管に移った段階では不明になっている。今でも島根県にその際の混乱散逸の痕跡が残っている可能性も考えられるのではないだろうか。

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